「塾」が何となく特殊なものに思えていた頃から「塾」それ自体にのめり込む所まで、数年の年月は必要でしたが、いつの間にか自分自身をプロとして位置づけ、ライフワークと考えるようになりました。最初から世の中に認められた職業なら何の矛盾もなくはいれるところを、入り口のところではじめは戸惑いがありました。親戚筋も、塾を経営している私を、「心強い味方」と考えるよりも、特殊な職業に就く「偏見に満ちた人種」とみたようで、学齢期の子供を抱えている人からもあまり相談をうけたことがありません。たかが「子供の受験」に方法論などあり得ない、というのがたぶんたくさんの親たちの考えるところなのです。勉強くらい自分ですればいい、とか、やるべき時が来れば自然とやるだろう、とかです。私がもし塾に携わっていなければたぶん同じように考えただろうし、そのこと自身は間違っていることではないので、子供を塾へは入れなかったかもしれません。
教育関係者の間で塾が話題になり、批判されることがある。その一つは、塾、特に進学塾は学校の先取り学習をするから、学校の授業がやりにくくなり、教育上良くない、といった内容のものだ。それがエスカレートすると、塾に子どもが行くようになってから学校でまじめに授業を聞かなくなってしまった、といった学校関係者の発言になる。進学塾で円の面積の公式を習った子どもが。学校でその公式を教えようとすると、「円の面積の公式は、半径×半径×3.14だよ」と言ってしまうので、授業がしらけてしまうらしい。そのような子どもに、「では、なぜ円の面積は半径×半径×3.14になるの」と質問すれば、まず答えられない。ほとんどの進学塾では、なぜそうなるかは教えないで、ただ公式を暗記させ、その公式を使った応用問題を解くだけだからである。これは塾、特に進学塾で教えているのが受験のための「受験知」中心だからに他ならない。
英語を例にすれば、入試での出題事例が多いからと、長文の読解に取り組むのではなく、単語ややさしい短文を暗記する気持ちで徹底的に反復練習する。体力強化に、腹筋運動や腕立て伏せを毎日続ける感覚で行えば、自然と身に付くものです。受験に重点を置いた勉強法も同様で、分厚い参考書やレベルの高い問題集に取り組まず、入試問題の正答を暗記してしまうくらい、何回も解く勉強法も一つのやり方でしょう。論理が問われる理数科系を得意とする生徒の中には、暗記を苦手にする生徒もいます。数学は教科書の基礎的な例題を覚えることも不可欠で、暗記が苦手な場合は、友人と覚え合い競争を取り入れることや覚えるまで許さない先生に習えば、いや応なく効果を上げることができます。基礎学力は一朝一夕では身に付きません。継続した勉強が必要で、その環境を整えることも親の務めでしょう。必要に応じて塾や家庭教師も選択肢になります。「基礎学力が肝要」なことは、受験勉強における鉄則でもあります。